招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/19

劇団四季の浅利慶太氏の訃報が報じられている。
追悼の意を込めて、近年吾輩の記憶に残っている浅井氏の言葉を記す。

およそ2年前に綴った、個性を失ってしまった現代の日本を憂えた手記である。出典は「文藝春秋2016年9月号」である。

 今の日本を見ていると、平穏すぎて不安になることがあります。言い換えれば、社会にエネルギーが感じられない。
 私たちが劇団四季を立ち上げた63年前、日本には良い意味で「対立」がありました。政治の世界では社会を引っ張って行こうとする強い勢力と、それに抗う人たちがいて、その対立がエネルギーを生み出していました。
 当時、演劇界には政治的思想を前面に出す新劇人たちが大勢いて、そこに演劇という芸術本来の輝きを大切にし“人生の感動”を謳い上げる劇団四季が登場し、対立軸となりました。
 しかし最近の日本を見ていると、社会は安定していますが、中性化、没個性化しているように感じます。演劇の世界では、素質と能力に恵まれた若い役者は増えたけれど、「祈り」がない。演劇を愛し、芝居に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として役者を選んでいるのかもしれません。
 一人ひとりの個性が強いほど対立や摩擦は生じますが、無個性で安定しているところに対立は起きません。その代わりにエネルギーも生まれてきません。
 
 「対立」といっても、私は戦争を肯定するつもりはありません。空襲、疎開を経験し、東京の焼け野原を目の当たりにした者として、戦争を恐れる気持ちは誰よりも強い。
 戦後70年が過ぎ、ほとんどの日本人があの戦争を知らない。これからの日本を担う人たちには、あの時実際に何が起こったのか、どんな苦しさがあり、どれだけ悲惨な出来事を通り抜けて、今の豊かな日本になったのかを知って欲しいです。戦争がいかに悲惨かということを知ることが平和であり続けるためには必要です。

 私は、『李香蘭』『異国の丘』『南十字星』という“昭和の歴史三部作”と呼ばれる作品を創りました。いずれも戦争の悲劇に真正面から向き合った作品です。今年も『ミュージカル李香蘭』を上演します。平和の尊さを伝えるために、戦争を経験した者として、私にはあの戦争の悲劇を語り継ぐ責任があると思っています。(浅利 慶太)

上記の文章において、

素質と能力に恵まれた若い役者は増えたけれど、「祈り」がない。演劇を愛し、芝居に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として役者を選んでいるのかもしれません。
という文章が強く記憶に残っている。この文章の一部を変えて、

素質と能力に恵まれた若い教師は増えたけれど、「祈り」がない。生徒を愛し、教育に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として教職を選んでいるのかもしれません。

と綴ったら如何だろうか。

長崎日大の精鋭揃いの若い教師陣を見ていると浅利氏の言葉は該当しないと思われるが、吾輩も含めて全ての教師が、職業として教職を選びつつも、「生きざま」として教職を選んだと言える「祈り」を忘れない毎日を過ごしていきたいものである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/18

昨夜の話である。
7/17に記した上園先生と夕食と懇談をかねて、諫早市内のとある飲食店へ出かけた。そこで、日大中学校の1期生と再会したのである。

ちょうど40才になったかつての教え子は変わらず元気で「先生も全然変わらんねー」「でも髪が…」、最後の一言は余計であった。

思い返せば、時は平成7年、彼らが高校2年生の頃から担任を務めた。個性溢れるメンバーが揃っていた。東大・京大・一橋・九大・国立の医学部医学科などなど華々しい進路実績に加えて、そのキャラクターの濃さが忘れられない。

それぞれの学年に、それぞれのクラスに、それぞれの思い入れがある。ただひとつ共通しているのは「彼らを育てているつもりだったが、彼らと彼らの親御様に育てていただいていたんだなぁ。」と感じることである。

君たちの母校と後輩たちをこれからも大切にしていくよ。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/17

本日の放課後、代ゼミ福岡校の上園信武先生を招聘しての「言語技術トレーニング」講座を実施した。

拙ブログにも時々登場している上園先生は言わずと知れた代ゼミの「数学村の村長さん」である。「えっ!何で数学の先生が言語技術なの?」と言うことなかれ!である。言語技術は確かに、日本語による言葉のトレーニングに他ならないのであるが、そこには論理展開がベースとして存在する。数学の数式の展開は「これ以上ない論理の展開」だと言えよう。それに加えて、2020年の大学入試改革においては「言語技術」の素養は不可欠である。

上園先生の講演・講義においても「速読力」と「語彙力」の養成の重要さを繰り返し説いていらっしゃった。

通常吾輩たちが口を酸っぱくして言っていることを、学校外の先生が同様に語ってくれるのは本当にありがたい。しかも、生徒たちが理解しやすく、魅力的な話術と、実践・実績に基づいた内容にはさすがの説得力がある。

生徒たちの聴き入る様子と2組担任・数学担当の「くぼみ」こと、久保美沙希先生の学ぶ様子が印象的であり、吾輩も含めて、生徒・教員ともに学びを深めた放課後の2時間であった。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/14

本日は、高校1年生の「総合的な学習の時間」として実施している『キャリア教育講座』の第5回であった。

 講師は「プルデンシャル生命保険株式会社」のライフプランナー 玉里 裕介氏
を招聘し、演題は『社会生活における成功者の共通点とは』と銘打っての開催であった。
 成功者の共通点として玉里氏が紹介したのは、「自分の目標や夢を紙に書いて目につくところに貼る」という「えっ、そんなんでいいの?」と思われるものであった。しかし、つくづく考えてみると、意外とやってないのではないだろうか。
 個人的には持っているかも知れない。手帳には記しているかも知れない。クラスには貼っているかもしれない。しかし、自分の机の前に、ベッドの近くにはどうだろうか。貼ることはある意味「宣言」である。家族に対しても自分に対してもである。

 そして「宣言」とは「覚悟」である。自らの「覚悟」をオープンにし、常に目につくところに置いておく。確かに効果がありそうである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/11

先日の「Tarzan」の続きである。
各界のトップランナーの言葉の特集であるが、その中に「帝京大学ラグビー部」の記事が掲載されている。2009年以来、9年連続で大学選手権を制してきた帝京大学ラグビー部が「いかにチームをモチベートするのか。」というタイトルである。

その中で、「モチベーションには3つの段階がある」として、

モチベーション1.0→生物学的衝動。生きていくために必要だからする。
モチベーション2.0→アメとムチ。報酬がほしい(罰を避けたい)からする。
モチベーション3.0→内発的動機。やっていること自体が楽しいからする。

と説明してあった。思わず「懐かしい!」思った。なぜならこの論説は、8年ほど前に吾輩が読みはまった『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク著)で語られたものであるからだ。随分と学ばせていただいた名著である。

なんだか、昔お世話になった恩師と再会したような気分である。

本日はここまで。

 

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